2016年10月19日

古さから学ぶこと

旧エネルギー科学館とユースホステルの解体工事が終了しました。
面影を残すものはほとんど無くなりましたから「旧」という文字を付けた呼び名も使わない方がいいのかも知れません。

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それ以前には道立病院として使われていた場所。
このポプラの木はその象徴として玄関前にあったものです。

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太い幹が人の背丈ほど…、いえいえその倍くらいはあるでしょうか。
なんだかモニュメントが新たに置かれたような感じに思えなくもありません。
元気のいい子どもたちなら登って遊ぶのかも。
そんなことがあったら立入禁止となってしまうのがオチでしょうか。
何かあったら困ってしまう人が多い世の中だもの。

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さて、駅前のこと。
観光案内所はJR留萌増毛間の廃止日程に合わせて12月4日まで営業することとしています。
連日多くのお客さまにお越しいただき、寂れた町を活気づけてくださいますこと、心より感謝申し上げます。
あと46日ですか。
名残惜しいですが、決められたことは仕方がありません。
静かに送り出すのが残された町の任務であれば、それに従い準備を進めましょう。

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ですが良からぬ話をお聞きします。
廃止になったらそこら中のものが剥ぎ取られますから。
駅として、または運行車両の誘導機材などは管理者のJRが取り外すものでしょうが、個人的な欲求が高まった皆さんによる奪い合いが発生するらしいです。
ここの思い出はここにあってこそ意味のあるものなのですから。
どうぞそっとしておいて欲しい。
それとも廃止後はそんな奪い合いもセレモニーのひとつとして公認されているものなのですか。
それでは仕方がありません。
甘んじて盗られるとしましょうか。
どうせ取り残される町なのですから。

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留萌からの鉄路が閉ざされる時、それに替わるように石狩側に向かう増毛山道が開通します。
列車でも無く、車でも無い。
ゆったりとした歩幅で進む自然の道。
安政4年、江戸幕府函館奉行所の命を受けて、当時の場所請負人であった伊達林右衛門さんが自費で開削した道。
それを8年がかりで見つけ出した山道の会の皆さん。
ご苦労は相当なものがあっただろうと思います。

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約160年ぶりに再会する交流。
これからどんな人たちがこの道を歩くのか、昔のように地元民じゃ無く、遠方からのトレッキングファンなのかも知れません。
楽しみな反面、繋がる道をどのように整備し続けるのかも大きな課題となるでしょう。
あくまでも人の力を借りなければならないものですから。

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先週の日曜は、この山道の全線開通を祝う式が行われました。
雄冬山の横を通り抜け、浜益御殿へと向かい始めるあたり。
残りあと10メートルほどを残した笹を刈り取り復元作業を行います。
大勢の関係者が集まりました。

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刈払い機で切り取った笹を山道脇に押し込める作業は、これから通る皆さんが歩きやすいようにするための大切なもの。

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通る人が増えてくれれば自然と踏み固められて行くものです。
そうなる時を願って皆さんの作業は続きます。

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今回は山道途中、それも旧の武好駅逓(ぶよしえきてい)よりも先から歩き始めました。
なので増毛の出発点である別苅の景観などはわからないまま。
そこも歩かなきゃいけませんね。
地元民として知らないところを無くしておくもの大事な作業です。
新しく購入したヒザ用サポーターのおかげで快適な歩行も確保出来ましたし。
来年は暑寒の山頂もめざそうかと思います。

その前に少し痩せておかなきゃ。
その課題が一番大きなものかも知れません。
posted by スタッフ at 11:52| Comment(0) |